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瀬戸内海で2番目に大きな島、「小豆島」 大和朝廷の建国以来、皇族との関りが深かったこの島を、現在から見つめ直し後世に語り継いで行きたい。
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  • 04/27/14:08

07.10.12:22

豊受皇太神宮と五神座

 星ヶ城東峯に位置する豊受皇太神宮。
1806年 五神座を合祀し、再興したとある。
1823年 小豆島風土記に記載されている。
1848年 小豆嶋名所図会にも記載されている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1806年以前には豊受皇太神宮だけが星ヶ城にあった様である。

では、五神座はいつ頃からあったのだろうか?

<五神座> ニニギ、アメノコヤネ、フトダマ、アメノミナカヌシ、タカミムスビ である。

実は良く似た神が他にもいました。

<五伴緒> (ニニギ)、アメノコヤネ、フトダマ、アメノウズメ、イシコリドメ、タマノヤ である。

これは、アマテラスの命によりニニギと伴に天孫降臨した神である。

<五所王子>アマテラス、アメノホシホミミ、ニニギ、ホオリ、ウガヤフキアエズ 

こちらは、熊野十二所権現である。

こうして見比べると、五座神は五伴緒に近く祀られた感じは受けるが、もう一神:カミムスビが
祀られていると、造化三神が揃っていたかもしれません。

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