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瀬戸内海で2番目に大きな島、「小豆島」 大和朝廷の建国以来、皇族との関りが深かったこの島を、現在から見つめ直し後世に語り継いで行きたい。
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  • 02/09/07:08

12.01.19:33

古典の神

 「八百万の神」というように、日本には多数の神が存在し、種類も多い。
その中で、中心的な位置をしめているのが「古事記」「日本書紀」「風土記」など、
古典に出てくる神であり、これらを「古典の神」と呼ばれている。
ちなみに、神を数えるのに「柱」という数詞を用いる。
ここでは古事記、日本書紀に記されている「記紀神話」の主要な神を紹介します。

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11.30.13:45

小豆島熊野信仰

 前記にも書いたが、小豆島は備前児島に属しており、児島五流いわゆる熊野系修験者が
関っていたと考えられる。
この島の西の滝「龍水寺」、東の滝「洞雲山仙齢寺」なども熊野系修験者によるものではなかっただろうか。
「熊野那智大社文書」の中で、小豆島一円が那智大社実宝院の檀徒であったと記述されている。
次回はこれに関する修験山伏の寺院の存在について。

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11.29.11:04

秋葉神社

小豆島・小豆島町片城
祭神:火之迦具土神

秋葉信仰は静岡県の秋葉神社から起こり、火伏せの神として室町時代に山伏により再興された。

山の神も併祀されている。
役行者像もある。



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11.28.13:50

熊野信仰と小豆島

 修験道のあらましは、前項にて簡単に記述したが、実際のところ小豆島はどうだったかというと、
この小豆島は、鎌倉時代に修験道が盛んになったと歴史資料にはあるが、南北朝時代に統治していた、
「佐々木信胤」にも関係してくる。
この小豆島は「備前児島」に属しており、その「備前児島」が熊野神社の荘園であったことから、
熊野信仰が行われたと察しられる。
では、この小豆島が熊野系修験道(児島五流)の地であった事を、次号より記述していきたい。

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11.27.07:36

賀茂神社(西の明神さん)

小豆島・小豆島町坂手
祭神:建角身命

海岸に漂着した曲げ物のご神体を祀る(漂着神)
祭神は京都の加茂神社より勧請したものである。



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11.26.13:01

坂手荒神神社

小豆島・小豆島町坂手
祭神:大国魂命

境内には土俵もあり、静かな社業である。



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11.25.13:09

入部八坂神社

小豆島・小豆島町入部
祭神:牛頭天王

土庄町滝宮にある八坂神社は牛の守護神として尊崇されたりするが、必ずしも牛の神ではなく、疫病を防ぐ神であり、水神として祀られている。
祇園社の祭神であった。



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